思しきこと言はぬは、げにぞ腹ふくるる心ちしける(大宅世継)

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「竹林軒出張所」選集:年間ベスト


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「竹林軒出張所」選集

2018年のマイベスト


2018年に見た映画ベスト3(70本)
1. 『こんばんは』
2. 『普通の人々』
3. 『マイマイ新子と千年の魔法』

 『ポセイドン・アドベンチャー』『プレイス・イン・ザ・ハート』『クレイマー、クレイマー』『真珠の耳飾りの少女』『たそがれ清兵衛』『ウンベルトD』なんかも良かったが、見たのは2回目、3回目だし、内容もかなり憶えていたので個人的にはまったく新鮮味がない(今年は古典作品を中心に接していたんでしかたがないんだが)。
 同じように『こんばんは』もかつて一度見た映画ではあるが、それでも印象が格別だった。次の『普通の人々』はこれまで見逃していた名画で、今年になって初めて見たのだった。ハリウッド映画らしからぬホーム・ドラマが新鮮である。『マイマイ新子と千年の魔法』は、今年見た片渕須直の3本の中で一番良いと感じた作品。ストーリーに味があったのと、やはり片渕作品らしい美しい映像美が目に付いた。

2018年に見たドラマ・ベスト3(31本)
1. 『君は海を見たか』
2. 『白鯨』
3. 『風雲児たち 蘭学革命篇』
番外. 『日本の異様な結婚式について』『新十郎捕物帖 快刀乱麻 (25)』

 こちらも、『二人の世界』、『夢千代日記』、『ボクの就職』、『ルーツ』などはどれも非常に印象深くて好きなドラマなんだが、そもそもが元々好きな作品ばかりで、こちらも個人的にまったく新鮮味がないので今回は除外。僕にとって新しいものばかりを選んだ。
 『君は海を見たか』は、倉本聰絶頂期に自らリメイクした作品で完成度が高い味わい深いドラマ。『白鯨』は、言わずと知れたメルヴィルの代表作のドラマ化作品だが、非常に劇的で、映像技術が駆使された(であろう)シーンは記憶に残る。『風雲児たち 蘭学革命篇』は、『解体新書』成立のいきさつを描いたNHKの歴史再現ドラマだが、あまり扱われることのない素材を巧みにドラマ化していた点が評価に値する。歴史の切り取り方も非常に良かった。
 番外は懐かしのラジオドラマ、椎名誠の『日本の異様な結婚式について』と、テレビドラマの音声版『快刀乱麻第25話』で、また聞けると思っていなかったため、感激もひとしお。どちらもYouTubeで公開されていたものだが、個人的にネット映像(音声)のありがたみがよくわかる事例だった。

2018年に読んだ本ベスト5(74冊)
1. 『百代の過客〈続〉』
2. 『百代の過客』
3. 『明治天皇〈三〉』
4. 『漢字再入門』
5. 『カルト宗教信じてました。』
番外. 『宇治拾遺物語』

 今年の(個人的な)発見はドナルド・キーンの著作である。特に『百代の過客』の正続2編は衝撃であった。日本文学に対する目を見開かされた思いがする。おかげで今年は古典作品に積極的に取り組むようになった。番外の『宇治拾遺物語』も、高校生時代からずっと心に抱いていた作品で、とうとう全編読んだということで感動もひとしおである。内容も非常に印象的でこれから何度も読みたいと思わせる作品である。『明治天皇』もドナルド・キーンの著作で、特に日清戦争から大津事件の描写は、これまでのありきたりな歴史観を覆すミクロ的な視点が充実している。従来の歴史観によるさまざまな思い込みが覆されるような思いがして、こちらも日本史に対する目を見開かされた思いがする。
 『漢字再入門』は、漢字を専門にしている学者による一般人向けの著作で、複雑な事情をわかりやすくかみ砕いて紹介しているあたりに好感が持てる。語り口が優しいにもかかわらず、紹介されている内容は目からウロコみたいな事実が目白押しで、こちらも小学生のときからのさまざまな思い込みが覆されるような思いがする。
 『カルト宗教信じてました。』は、プロでない人が描いたマンガだが、グレードは非常に高い。何より描かれる対象が宗教団体「エホバの証人」というあたりに価値がある。信者の活動を周囲でよく目にするにもかかわらず、中身についてはあまり知らない団体である。その実態について利益収奪組織(みたいなもの)であると見切っている点も良い。同じ「エホバの証人」の内幕を描いたマンガ(『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』)もよくできており、あわせて読みたいところである。

2018年に見たドキュメンタリー・ベスト5(67本)
1. 『五島のトラさん』
2. 『ショパン・時の旅人たち』
3. 『みんなの学校』
4. 『ブレイブ 勇敢なる者』
5. 『ノモンハン 責任なき戦い』

 今年も日本映画専門チャンネルで秀作ドキュメンタリーが多数放送され、しかも質の高いものが揃っていた。その中で特に優れていたのが『五島のトラさん』と『みんなの学校』。『五島のトラさん』は五島列島に住む一人の頑固親父一家を(なんと)22年に渡って追ったドキュメンタリーで、1つの家族の歴史がこれほど克明に記録されたドキュメントが今まであっただろうかという作品である。お見事というしかない。ドキュメンタリーであるにもかかわらず、フィクションのように心にじんわり染みいる感動巨編である。『みんなの学校』は、こんな小学校が日本に存在するのか、日本の教育も捨てたもんではないなと感じさせてくれるドキュメンタリー。上で取り上げたドキュメンタリー映画、『こんばんは』と共通するテーマで、日本の個々の教育者は草の根でこれだけの頑張りと成果を残しているのだということがわかる。
 『ショパン・時の旅人たち』はNHK-BS1の『BS1スペシャル』の枠で放送されたもの。この枠は秀作が多かったが、中でもこれはピカイチのコンクールものである。コンクールものといえば、グレートレースもの同様、ともすればありきたりの作品に落ち着いてしまいがちなのに、登場する参加者の1人(川口成彦)があまりに魅力的だったため、上質のドキュメンタリーになった。この演奏家自身についても僕は非常に興味を持った(今後の活躍に期待)。『ブレイブ 勇敢なる者』も『BS1スペシャル』枠で放送されたもので、先ほどの小学校と共通するが、日本にこんなに骨のある弁護士がいるのかという点で非常に感心した作品。90分と割合長いドキュメンタリーだったがまったく飽きさせない構成も秀逸だった。
 最後の『ノモンハン 責任なき戦い』は、最近とみにグレードが下がっているNHKスペシャルの1本。現在と戦時中に共通する日本社会の特質がうまく表現されていて、そういう点で大変興味深かった。ノモンハン事件自体、取り上げられることが少ない素材である。そういった素材に目を留めて取り上げた製作者の視点がなんと言ってもすばらしい。他に『ETV特集』にも秀作が多かったが、今回は取り上げられなかった。今年は、秀作ドキュメンタリーが非常に多かったという印象がある。こんな時代だからこそ、独自の視点で切り取ったすばらしいドキュメンタリーをあちこちで見せてほしいと感じる。

「竹林軒出張所」選集

2011年のマイベスト


2011年に読んだ本ベスト5
1. 『原発ジプシー』
2. 『予想どおりに不合理 増補版』
3. 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』
4. 『土の文明史』
5. 『一刀一絵 江戸の色彩を現代に甦らせた男』
番外:『地を這う魚 ひでおの青春日記』

 2011年は原発関連の本をよく読んだが、そんな中でも特に出色だったのが『原発ジプシー』で、原発という表に出にくい領域に入ったというだけでなく、ルポとして最上級のものになっている。2011年新装版が再発されたこともあり入手しやすくなった。どこの図書館にも入っているのではないかと思う。機会があれば是非読んでいただきたい。社会の暗部がこれだけはっきりと照らし出されている本はめったにないと断言できる。言うまでもなく、原発を知るための本としても恰好である。
 『予想どおりに不合理』は、今までまったく知らなかった行動経済学の事実が提示されて、大変新鮮な「目からウロコ」の本であった。内容は高度だが、読みやすくなおかつ非常にわかりやすい。しかも説得力がある。何度でも読み直したい本である。
 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』は、日本格闘技史の大著。著者の怨嗟が全編を貫きながらも、上級のエンタテイメントになっている。こちらも(僕にとっての)新事実が続出で、「読んで良かった」と思わせてくれる快著であった。
 『土の文明史』も(僕にとっての)新事実が続出の本で、土壌から歴史を解釈するという斬新さが目を引く。しかもそれが大きな説得力を持つ。人為は決して自然から離れることができないということを思い知らされると同時に、土壌が環境問題の基本中の基本であることがよくわかる。現代人が知っておくべき事実だという思いを新たにした。いずれ世界中のドキュメンタリーやテレビ番組などで頻繁に取り上げられるようになるテーマだと思う。
 『一刀一絵 江戸の色彩を現代に甦らせた男』は、版画家である著者、立原位貫の半生と美術作品について書いた自伝的な著だが、(こともなげに達成している)その業績がすごい上、芸術に対する彼の真摯なアプローチが文章から伝わってくる。人間性があふれ出た著書で、読んでいて気分が高揚するようであった。
 番外の『地を這う魚 ひでおの青春日記』は、マンガ家、吾妻ひでおの自伝的なマンガだが、表現方法が特異で、しかも完成度も非常に高い。マンガ家の青春記は面白いものが多いが、単にノスタルジーに終わらず、未来への情熱や青春のほろ苦さも伝わってくる高い水準のマンガである。著者の名著『失踪日記』にひけをとらない秀作であった。

2011年に見たドキュメンタリー・ベスト5
1. 『秩父山中 花のあとさき ムツばあさんの秋』
2. 『家族と側近が語る周恩来』(1)(4)
3. 『100マイルチャレンジ 地元の食材で暮らす』
4. 『独立時計師たちの小宇宙』
5. 『バイオリンの聖地クレモナへ』
番外:『クジラと生きる』

 『秩父山中 花のあとさき ムツばあさんの秋』も、映画『エンディングノート』同様、一人の市井の人間の人生を照らし出すドキュメンタリーである。過疎化が進む秩父山中に住み続け、昔ながらの生活を頑なに守っている女性、小林ムツさんを追いかける。日本の農村に古くから伝わる生活様式や市民のメンタリティといったものが、ムツさんを通じて巧みに表現されていて、優れたドキュメンタリーになっている。
 『家族と側近が語る周恩来』も一人の人間の人生を照らし出すドキュメンタリーではあるが、こちらは近代史に名を残す中国の政治家である。共産党革命や文化大革命を経験し、米国や日本との国交樹立に奔走した周恩来について、周辺の人物の証言によりその人物像を描き出す。激動の近代中国の渦中にいて、命の危険にも何度もさらされた政治家の意外な人物像まで見えてくる。また一人の人間の歴史から激動の近代史を照らし出すという手法も効果を上げていた。4回シリーズだったが、どの回も密度が濃かった。
 『100マイルチャレンジ 地元の食材で暮らす』は、食のあり方を問い直すドキュメンタリー。身辺100マイルで生産された食品だけで100日間生活してみようという試み(100マイルチャレンジ)に挑戦する数家族に密着する。現代のわれわれの食生活はきわめてグローバル化している。この番組で取り上げられる「100マイルチャレンジ」は、食をローカルなものに戻そうとする試みなんだが、実際にやってみようとすると、結果的に食べる物がほとんどなくなってしまうのだ。どれほど食品を海外に依存しているかがわかる(ちなみにこれはカナダの事例)。現代の生活で、食を身近にするというただそれだけのことがどれほど困難であるかがよくわかる。同時に、食を身近にするという試みがどれほど人々の健康にも生活にも良いか、そして人間性の回復にもつながるかが表現される。
 『独立時計師たちの小宇宙』は、スイスのフリーランスの時計職人を追うドキュメンタリー。小さな腕時計の中に複雑な小宇宙を詰め込む人々の技術がカメラで見事に捉えられる。ある意味正攻法のドキュメンタリーで、密度が非常に濃く、職人技の崇高さまで垣間見られる。アナログ腕時計の周辺についてまったく知らなかったこともあって、こういう世界が存在するということを初めて知った。
 『バイオリンの聖地クレモナへ』は、一人のヴァイオリニストが、イタリア・クレモナのヴァイオリン製作職人を訪ねるという紀行番組。こちらもまったく知らない世界が扱われており、しかもイタリアで修行しているヴァイオリン製作家に若い日本人がいるということも知らなかったし、その中の一人がチャイコフスキーコンクールのヴァイオリン製作部門で一位を受賞していたということも知らなかった。そもそもチャイコフスキーコンクールに楽器製作部門があることすら知らなかった。番組も結構ドラマチックな展開になっていて、構成が非常にうまかった。案内役のヴァイオリニスト、川久保賜紀の驚きや喜びまでが画面を通じて伝わってきた。
 番外の『クジラと生きる』はNHKスペシャルだが、映画『ザ・コーヴ』に対するNHK側の反論である。主張が非常に明確で、感情的なクジラ保護論に一石を投じるドキュメンタリーである。『ザ・コーヴ』撮影の裏側も見せていて、世論をミスリードする方法が暴かれる。そういう面もわかって面白かった。NHKがこういった意欲的な番組を作ったことも評価したいと思う。

2011年に見た映画ベスト5
1. 『利休』
2. 『エンディングノート』
3. 『死の棘』
4. 『流れる』
5. 『南極料理人』
番外:『地下室のメロディー』

 2011年も昨年以上に仕事がヒマだったので、100本近く映画を見ていた。このブログに書くという目的で見たものも結構あるんで、自分の生活にとってこのブログが良いのか悪いのかにわかに判別できない面もある。それぞれの評はリンク先の記事に当たっていただくとして、簡単に補足を。
 まず『利休』であるが、あまりの完成度の高さと芸術性に感嘆したので、古い映画であるにもかかわらず「2011年一番」に持ってきた。十分な時間を確保した上で、精神的に余裕を持って堪能したい逸品である。
 『エンディングノート』は先日公開されたばかりのドキュメンタリーだが、笑わせながらホロリとさせる好い映画である。しかも1人の市井の人間の人生をまるごとドキュメンタリーにパッケージするという試みも目新しい。主役の人間に対する愛情まで感じられて心持ちが良いのもこの映画の魅力であった。
 良い映画というのは一般的にがっしり作られた堅牢な印象を受けるが、『死の棘』もまさにそれで、小栗康平作品の中では出色である。内容は結構きついが、それを独特の映像的なユーモアを交えて描いていて、こういうのはなかなかできない技だ。「描ききる」という表現がピッタリ来るような完成度の高さにも惹かれる。
 『流れる』も古い映画で恐縮であるが、今まで少し距離を置いていた成瀬己喜男の魅力に気付かせてくれた作品である。古いタイプの置屋の崩壊を冷徹に描く手法にも感心するが、映像で表現される空間の見事さに当時の日本映画の実力を見た。キャストの豪華さも大きな魅力である。
 『南極料理人』は2年前の映画だが、昨今の日本映画の質の高さを体現するような作品で、乾いた笑いや空気感が心地良い。いつまでも身を置いていたくなるような気持ち良さがあった。
 ということですべて邦画になってしまったので、番外として、洋画の名作『地下室のメロディー』を取り上げようと思う。センスが良くて質が高く、さらに完成度も非常に高い、「いかにも映画的」なフランス映画であった。

2011年に見たドラマ・ベスト5
1. 『鳥帰る』
2. 『坂の上の雲』
3. 『フリーター、家を買う』
4. 『ハワイアン ウエディング・ソング』
5. 『胡桃の部屋』

 ヒットしたドラマ(『家政婦のミタ』)や一部で話題になったドラマ(『それでも、生きていく』)はそもそも見ていないので、このランキングには当然入っていない。いずれDVDで見るかも知れない。でも食指があまり動かないのも事実。これまでの経験からヒットドラマや話題のドラマは、センセーショナルなだけでつまらないもの、くだらないものがきわめて多い。ま、機会があったらということで。
 『鳥帰る』と『ハワイアン ウエディング・ソング』は、山田太一脚本の古いドラマである。山田太一作品は質が高いのでどうしても外せないところなんだが、かつての山田作品を上回るドラマがなかなか出てこないというのも問題ではある。『胡桃の部屋』にしても向田邦子作品のリメイクだし、いつまで経っても、今の日本のドラマのレベルはたかが知れているという印象しかないのだ。だから『家政婦のミタ』がどれだけ人気を集めたとしても見るまでもないんじゃないかとつい思ってしまう。しかも『妖怪人間ベム』や『怪物くん』までリメイクしてしまうような放送局の作品だし。
 『坂の上の雲』は、NHKが総力を挙げて作ったという意気込みが伝わってくるようなドラマであった。だが何度も繰り返すが、3年間に分けて放送するというのは絶対に賛成できない。これが恒例化しないことを願う。
 『フリーター、家を買う』は、素材(原作)が良かったことと、それをおそらく忠実にドラマ化したであろうことが功を奏したのではないかと思われる。主役の二宮和也があまりにもキャラクターにはまっていたのも特筆ものである。これも去年のドラマだったんだが、第1回を見逃していてそれを2011年に見たため、2011年の「ベスト」に入れた。そういう意味でも全然即時性がないランキングになってしまった。反省しきりである。