思しきこと言はぬは、げにぞ腹ふくるる心ちしける(大宅世継)

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「竹林軒出張所」批評選集:映画

「竹林軒出張所」選集

『おとし穴』


おとし穴(1962年・ATG)
監督:勅使河原宏
原作:安部公房
脚本:安部公房
撮影:瀬川浩
美術:山崎正夫
音楽:武満徹、一柳慧、高橋悠治
出演:井川比佐志、宮原カズオ、田中邦衛、矢野宣、佐々木すみ江、観世栄夫、佐藤慶

 安部公房のオリジナル脚本を勅使河原宏が映画化したもの。勅使河原宏の初めての長編劇映画で、安部公房作品の映画化もこれが初である(この後『砂の女』、『他人の顔』と続く)。
 九州朝日放送が製作した『煉獄』というドラマがこの映画の原作になっているという話で、ちなみにこれは元々企画が安部公房に持ち込まれて、安部の方がそれに乗ってシナリオを書いたといういきさつで作られたものらしい。
 話は、廃坑になった炭鉱街で繰り広げられるが、この炭鉱街、住人が出ていきゴーストタウン化している。それが実際に文字通りゴーストタウンになるという展開で、どことなくユーモラスである。人のいない街自体なかなかシュールで、安部公房の不条理の世界に花を添えている。本来であれば、血なまぐさいストーリーなんだが、不条理な部分が強調されているため、どことなく詩的で、生々しさはまったくといっていいほどない。このあたり映像が淡々としているせいもあるだろうと思う。一方でダイナミックな移動ショットや接写もあり、映像にさまざまな工夫が凝らされていることがわかる。しかもそれが効果的で、わざとらしさを感じさせるような要素はない。撮影監督は瀬川浩という人で、この人も『砂の女』と『他人の顔』に参加している。美術監督の山崎正夫も同様。さらに音楽の武満徹もである。また、キャストの井川比佐志、観世栄夫も『他人の顔』に出演している。どのキャストも抑えが効いた演技でまったく破綻がない。
 この映画を含む「安部公房-勅使河原宏」三部作はどれも異色で、完成度も非常に高い。日本映画史の中でもきわめて特異な位置づけになっていて、ある意味奇跡的な作品群と言っても良い。もう少し手頃な形で(安価なDVDなりで)リリースしてくれれば良いのにと思う。
★★★★

2012年12月、記
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『砂の女』

砂の女(1964年・勅使河原プロダクション)
監督:勅使河原宏
原作:安部公房
脚本:安部公房
撮影:瀬川浩
美術:平川透徹、山崎正夫
音楽:武満徹
出演:岡田英次、岸田今日子、三井弘次、伊藤弘子、矢野宣、関口銀三、市原清彦

安部公房の作品世界を映像として体現

 勅使河原宏の最高傑作という呼び声が高い映画。安部公房の原作を安部公房自身が脚本化したものを勅使河原が映像化したものがこの映画で、結果的に国内外で高い評価を獲得することになった。
 勅使河原宏が最初に映画化した安部公房作品は『おとし穴』で、安部公房自身も作品の出来が気に入ったのだろう、62年に出版した『砂の女』も勅使河原と組んで映画化することになる。撮影、美術、音楽のスタッフも『おとし穴』や、この後作られた『他人の顔』と共通で、安部公房三部作とでも呼んでよいようなハイレベルの作品群である。なおさらにこの後勅使河原によって撮影された『燃えつきた地図』も安部公房原作であるが、こちらは大映が製作しているためか、スタッフが一部異なる。
 さて映画の内容であるが、安部公房らしい不条理の世界を正攻法で映像化しており、原作ものとしてはこれ以上ないほどの出来映えではないかと思う(原作は未読だが)。映像も、不可解な世界を反映したようなシュールレアルな要素が全編に漂っていて、芸術性が高い。キャストも皆好演で、特に主役の岡田英次と岸田今日子は申し分ない。
 不可解な理由から砂の世界に囚われの身になった男の話で、さながらアリジゴクにとらわれたアリを連想させるが、人間の存在証明や存在意義、労働と自由、意志と服従、都市生活と土着性など、映画を見ながら、さまざまな思考が頭の中を駆け巡る。こういうふうにさまざまな連想が働くのも原作が持つ奥深さゆえだろうが、これだけのストーリーはやはりなかなか作ることができないと感じさせる。そしてこれだけ見事に作品世界を映画化することもなかなかできないだろうと思う。これは間違いなく、1960年代の日本の文学と映画が到達し得た一つの頂点と言えるんじゃないだろうか。『おとし穴』、『他人の顔』とあわせて是非後世に残したい映像である。

1964年キネマ旬報ベストテン第1位、同監督賞
ブルーリボン賞作品賞、同監督賞
カンヌ国際映画祭審査員特別賞
サンフランシスコ映画祭外国映画部門銀賞他受賞

★★★★


2015年1月、記
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『他人の顔』


他人の顔(1966年・勅使河原プロ、東京映画)
監督:勅使河原宏
原作:安部公房
脚本:安部公房
音楽:武満徹
美術:磯崎新、山崎正夫
出演:仲代達矢、京マチ子、平幹二朗、岸田今日子、岡田英次、入江美樹、千秋実、市原悦子、井川比佐志、観世栄夫、前田美波里

 『おとし穴』、『砂の女』に続く、勅使河原宏監督による安部公房作品の映画化。表現主義的な映像が独特の雰囲気を醸し出す。いかにも安部公房作品という不条理な世界が今となっては非常に新鮮で、勅使河原宏による映像化も雰囲気を損ねておらず、奇妙な世界が展開される。
 ただし安部公房が書いた脚本は、映画で聞き流すには少し小難しすぎるセリフが多く、少し気になるところではある。とは言え、劇映画の脚本としてもよくできており高いレベルにある。キャストも皆好演で隙がない(ま、うまい役者ばかり出ているんだが)。岸田今日子、岡田英次は『砂の女』の主演、井川比佐志は『おとし穴』の主演俳優で、こういった勅使河原映画の常連も登場する。また例によって能楽師の観世栄夫が出演していたが、今回は精神病患者の役どころで、異色のキャラ設定である。
 武満徹の音楽も少し不条理な味があって面白い。この武満徹だが、途中ビアホールのシーンでエキストラとして出ていた。他にも見たことのある顔がいくつかあったので、カメオ出演があったのかも知れない。一風変わった表現主義的な美術も特筆モノだったが、今確認すると磯崎新が担当していたようで、こちらも異色と言えば異色なスタッフである。
 映画の完成度は非常に高く、安部公房作品の魅力を十分伝えるもので、さすが勅使河原宏と思わせるものであった。
 なお、途中、二次的なエピソードで登場する美女、入江美樹は、指揮者、小澤征爾の奥方であり、俳優、小澤征悦の母上。
★★★★

2012年1月、記
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『利休』


利休(1989年・勅使河原プロダクション)
監督:勅使河原宏
原作:野上彌生子
脚本:赤瀬川原平、勅使河原宏
音楽:武満徹
撮影:森田富士郎
美術:西岡善信、重田重盛
出演:三國連太郎、山崎努、三田佳子、田村亮、坂東八十助、井川比佐志、岸田今日子、北林谷栄、山口小夜子

 1989年9月に公開された映画だが、実は同じ頃に『千利休 本覺坊遺文』という映画が公開されており、僕はこっちの『利休』を見たいと思っていたんだが、結局『本覺坊遺文』のみを見ることになった。『利休』の公開期間が短かったことと『本覺坊遺文』が当時の住まいのすぐそばにあった映画館で公開されたことがその理由である。だが『本覺坊遺文』についてはあまり感じるところがなかった。そういうわけで、『利休』は随分長い間、気になっていた映画である。今回NHKで放送されたため見ることにした。実はDVDは出ていない。今出まわっているのは中古のVHSのみなので、VHSを探すか放送されるのを待つかどちらかしか見るチャンスはない。
 さて、その内容であるが、期待に違わず、非常に豪華で、細部まで注意が払われた、桐箱に入ったような素晴らしい映画であった。豪華なのはスタッフやキャストのラインナップを見てもわかる。監督は華道の家元でもある勅使河原宏、脚本に芥川賞作家、赤瀬川源平を起用し、武満徹の音楽が全編を流れる。他にも上には書いていないが、衣装のワダエミ(アカデミー賞衣装デザイン賞の受賞歴あり)、美術の西岡善信など、この時代の最高レベルのスタッフが揃っている。キャストも名優と呼ばれる人に加え、松本幸四郎(織田信長)、中村吉右衛門(徳川家康)、中村橋之助(細川忠興)など歌舞伎界からもゲスト的に大挙出演している(子ども時代の中村獅童もちょい役で出ている)。どれほど豪華かがおわかりいただけよう。
 芸術を扱った映画を作る場合、映画の中で語られる芸術作品と比べて小道具や大道具が見劣りしてしまうということがよくある……というより、それが常である。天才ピアニストを地で演じられる役者などいようはずもなく、そのあたりはうまく本物のピアニストで吹き替えたりするんだが、そこらをうまくやらないとどうしても安っぽいものになってしまう。新進の天才画家が描いたという絵が画面に登場して、それがつまらないものだったりすると、とたんに白けてしまって苦笑すら浮かんでしまうというもの。だから芸術を扱う映画の場合、どの程度リアルさを追求できるかというのが大きなポイントで、結果的に作り手の芸術的な感性や素養に依拠することになる。したがって千利休を扱うとなると、それなりのものを見せてもらわないと納得しないのだ、うるさ型の客としては。その点この映画は素晴らしいと言わざるを得ない。どの画面も細部に至るまで緊張感がみなぎっており、利休の芸術が再現されているかのようである。小道具に使われている茶器は、本物の名品を借りてきているという話(NHKの解説で言っていた)で、そこらにも作り手のこだわりが感じられる。
 もちろんストーリーも一流で、美学に殉じようとする利休の生き様が巧みに表現されており、利休周辺に漂う謎の部分を見事に吹き払って、まことに明快である。彼の逡巡を引き立てる周囲の人々も魅力的である。勅使河原宏という人はユニークな作品を作ってきた映画監督であるが、この作品は彼にとっても最高の部類に入る名品と言うことができるだろう。DVDが出ていないのがはなはだ残念である。

モントリオール世界映画祭最優秀芸術貢献賞
ベルリン映画祭フォーラム連盟賞受賞

★★★★
注:本稿執筆時点では上記の通りDVDがなかったが、その後2012年にDVD化されている。

2011年10月、記
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『豪姫』


豪姫(1992年・勅使河原プロ、松竹)
監督:勅使河原宏
原作:富士正晴
脚本:赤瀬川原平、勅使河原宏
音楽:武満徹
撮影:森田富士郎
美術:西岡善信
出演:仲代達矢、宮沢りえ、永澤俊矢、三國連太郎、井川比佐志、江波杏子、松本幸四郎、すまけい、山本圭、真野響子

超豪華スタッフが魅力だが、原作にはあまり魅力がない

 勅使河原宏が監督した最後の映画。実質的には前作の『利休』のその後のエピソードで、続編のようなものと考えることもできる。
 利休亡き後、豊臣政権で茶頭を継いだのが大名の古田織部であるが、この映画では古田織部(仲代達矢)が実質的な主人公。この織部と絡んでいくのが秀吉の養女になった豪姫だが、その豪姫と古田織部の周囲で起こるさまざまなできごとを追ったのがこの映画ということになる。時は豊臣から徳川に政権が移るという激動の時代で、豪姫も織部も時代の流れに翻弄されていく。死んだ利休までそこに絡んでくるというのだから大混乱の様相を呈するのは必至という、そういうストーリーである。
 ストーリーは、アクションも交えたエンタテイメント志向で、作りすぎの感があってあまりいただけないが、映像や美術は勅使河原映画らしく凝りに凝りまくっており、もうそれだけでこの映画は十分見る価値がある。撮影、美術をはじめ、スタッフは『利休』とほぼ同じで、脚本の赤瀬川源平、音楽の武満徹とこちらも超豪華である。
 難点は、先ほども言ったように、ちょっとやり過ぎのストーリー(おそらく原作に由来するんじゃないかと思うが)と一部のキャストの棒読みセリフである。主演の宮沢りえも棒読みに近くあまりうまいとは言えないが、存在感があって魅力的ではある。原作に起因すると思われるエンタテイメント・スペクタクルの要素を排除して、『利休』と同様純粋に歴史物にしてしまった方が、勅使河原宏の魅力が活かされてかえって良かったんじゃないかという気がする。そういう点、少々惜しい感がある。
★★★☆

2015年1月、記
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